寄席紳士録

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五代目三遊亭新朝

五代目三遊亭新朝は明治から昭和にかけて活躍した落語家。関西の落語家・桂鯛助の息子に生まれ、早くから高座に出た。春風亭柳枝、三遊亭圓生と名手に師事をし、長い息を保ち、名跡を継いだものの、ブレイクすることはなかった。
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禽語楼小さん(二代目柳家小さん)

「禽語楼小さん(二代目柳家小さん) - 古今東西寄席紳士録」明治期に爆笑王として君臨した二代目柳家小さんは、元々士族であったが放蕩の末に士族をやめ、談州楼燕枝の門下に入ったという変わり種であった。明るく美声を生かした落語を十八番にした。
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六代目三升家小勝とその一門

「六代目三升家小勝とその一門 - 古今東西寄席紳士録」六代目三升家小勝は落語界のインテリとして1950年代から弟子を抱えた。そこそこ弟子はいたものの、早くに病気に倒れたこともあり、自身が在世時に弟子から真打が出ることはなかった。
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五代目柳家小さんとその一門

「五代目柳家小さんとその一門 - 古今東西寄席紳士録」五代目柳家小さんは名人芸と人徳を兼ね備えた存在であり、1950年代から没するまでの50年間、弟子を育て続けた。小せんを筆頭に、さん助、談志、つばめ、燕路、馬風、さん吉、小三治、扇橋、つば女、さん喬、権太楼、小ゑん、三木助、市馬、花緑と数多くの弟子を輩出した。
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六代目三遊亭圓生とその一門

「六代目三遊亭圓生とその一門 - 古今東西寄席紳士録」昭和の名人・六代目三遊亭圓生は多くの弟子を抱え、圓楽を筆頭に圓窓、圓弥、圓龍などの古典派の名手を生み出した。その一方で新作派の川柳川柳との対立や三遊亭好生いじめ、落語協会分裂騒動など今も続く内紛を生み出す原因となった。
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二代目桂枝太郎とその一門

「二代目桂枝太郎とその一門 - 古今東西寄席紳士録」新作落語と文学で知られた二代目枝太郎は少数精鋭の門人たちを築いた。新作路線は桂圓枝だけで、残る桂枝助、桂文生、桂歌春は皆古典に進んだ。現在は協会と芸術協会それぞれに一門が点在する。
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七代目橘家圓蔵とその一門

「七代目橘家圓蔵とその一門 - 古今東西寄席紳士録」七代目橘家圓蔵は、小言が多いが面倒見のいい性格で、林家三平と月の家圓鏡という二大スターを生み出した。師匠桂文楽亡き後は文楽一門の総帥となり、当時二つ目にとどまっていた若手たちを皆引き取った。
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三代目桂三木助とその一門

「三代目桂三木助とその一門 - 古今東西寄席紳士録」芝浜で知られる桂三木助は戦後メキメキと売り出したこともあり、芸術協会随一とうたわれるほどの弟子を抱えるほどの大世帯となった。そのほとんどは前座の頃に死に別れているが、七代目柳橋、入船亭扇橋、春風亭栄橋、林家木久蔵などを輩出している。
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四代目三遊亭圓遊とその一門

「四代目三遊亭圓遊とその一門 - 古今東西寄席紳士録」四代目三遊亭圓遊は円満な人柄も相まって多くの弟子が育った。笑点で一時代を築いた三遊亭小圓遊をはじめ、都家歌六、三遊亭圓遊、三遊亭金遊、三遊亭笑遊と現代まで活躍した人も多い。
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四代目三遊亭圓馬とその一門

「四代目三遊亭圓馬とその一門 - 古今東西寄席紳士録」四代目三遊亭圓馬は芸術協会随一の弟子持ちとして知られ、三遊亭小圓馬、三遊亭遊三、橘ノ圓などの多くの人気者を輩出した。三遊亭小遊三、橘ノ一門などもこの人を源流とする。