寄席紳士録

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春風亭盛枝(岡本貞次郎)

春風亭盛枝(岡本貞次郎)は明治期に活躍した芸人。伊藤燕旭堂という講談師、母は女義太夫の芸人、弟・梅三郎は講談師で「清草舎英昌」という芸人一族に生まれ、当人は落語家を志したが、後に新派俳優岡本貞次郎となった。
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桂栄賀

「桂栄賀 - 古今東西寄席紳士録」桂栄賀は明治期に活躍した落語家。凄まじく売れたわけではないが、彼の息子二人は歌舞伎役者となり、三代目中村鶴蔵、四代目中村鶴蔵とそれぞれ名乗り、活躍。末の息子の鶴蔵は前進座の創設者の一人として名を残す。五代目中村鶴蔵は孫にあたる。
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三遊亭金朝(三代目)

「三遊亭金朝(三代目) - 古今東西寄席紳士録」三代目三遊亭金朝は明治中期から大正初期に活躍した落語家。父は二代目三遊亭金朝、弟は戦前歌舞伎鳴物の名人とうたわれた九代目田中伝左衛門。
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三遊亭金遊斎

「三遊亭金遊斎 - 古今東西寄席紳士録」三遊亭金遊斎は明治から大正初期まで活躍した芸人。若い頃から落語よりも珍芸が得意で、操り人形を十八番にした事から「あやつりの金遊斎」と称された。
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二代目古今亭今輔

「二代目古今亭今輔 - 古今東西寄席紳士録」二代目古今亭今輔は明治時代に活躍した落語家。「古今亭今輔」の名前を定着させた人物である。片目が悪かったところから「めっかちの今輔」ともいう。
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五代目三遊亭新朝

五代目三遊亭新朝は明治から昭和にかけて活躍した落語家。関西の落語家・桂鯛助の息子に生まれ、早くから高座に出た。春風亭柳枝、三遊亭圓生と名手に師事をし、長い息を保ち、名跡を継いだものの、ブレイクすることはなかった。
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禽語楼小さん(二代目柳家小さん)

「禽語楼小さん(二代目柳家小さん) - 古今東西寄席紳士録」明治期に爆笑王として君臨した二代目柳家小さんは、元々士族であったが放蕩の末に士族をやめ、談州楼燕枝の門下に入ったという変わり種であった。明るく美声を生かした落語を十八番にした。
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七代目林家正蔵とその一門

「七代目林家正蔵とその一門 - 古今東西寄席紳士録」七代目林家正蔵は戦前の爆笑王として売れに売れたが弟子はあまり多くなかった。東宝専属という関係もあり、真打になった弟子はない。最晩年に息子の三平が入門。今の海老名一族の林家はここから始まっている。
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四代目古今亭志ん生とその一門

「四代目古今亭志ん生とその一門 - 古今東西寄席紳士録」四代目古今亭志ん生は明治末に本格派として売り出した一人。面倒見もよかった事もあり、他門の弟子を多く引取った。五代目古今亭志ん生、九代目土橋亭里う馬、鈴々舎馬風など優れた人材が出た。
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四代目柳亭左楽とその一門

「四代目柳亭左楽とその一門 - 古今東西寄席紳士録」四代目柳亭左楽は明治時代に活躍した落語家。人望があり、数多くの弟子を育てた。中でも五代目柳亭左楽、六代目雷門助六を育て上げた功績は大きい。今日の柳亭、雷門の系統はこの人から端を発している。