桂栄賀

桂栄賀

 人 物

 かつら 栄賀えいが
 ・本 名  桐ケ谷 栄吉
 ・生没年  1846年3月~1901年3月2日
 ・出身地  江戸

 ・活躍年代 1870年代?~1901年 

 来 歴

 桂栄賀は明治期に活躍した落語家。凄まじく売れたわけではないが、彼の息子二人は歌舞伎役者となり、三代目中村鶴蔵、四代目中村鶴蔵とそれぞれ名乗り、活躍。末の息子の鶴蔵は前進座の創設者の一人として名を残す。五代目中村鶴蔵は孫にあたる。

 経歴は『名人名演落語全集 第9巻』の没年表に詳しい。

□桂栄賀……明治34・3・2歿、55歳② 桐ヶ谷栄吉③弘化3・3・□④台東区実相寺⑤芳樹院栄賀日悠信士⑥二代目才賀門下栄賀。林蝶のちの燕丸の実弟。

 兄・桐ケ谷長蔵は、柳亭燕丸という落語家。そんな兄に感化されたのか、当人も二代目桂才賀門下に入り、落語家となる。

 落語家としては中堅止まりであり、凄まじく零落したわけでもないが、凄まじく売れたわけでもなかったという。

 一方、明るい人柄だったこともあり、柳派の中で可愛がられたそうで、若い頃から落語家芝居の一員として活躍。梨園とのパイプを持っていた。

 1887年10月15日、長男・桐ケ谷栄次郎誕生。この子は役者となり、「三代目中村鶴蔵」と名乗っている。さらにその下にもおてる、長七、権三郎、ふくと子供に恵まれている。 

 1896年、息子の栄次郎を勘三郎家の中村明石に預け、「中村亀松」を襲名。歌舞伎役者にさせている。

 同年3月、明治座の『寺子屋』において初舞台を踏む。翌年7月、亀松は市川段四郎門下へ移籍し、「市川三喜造」と改名。子供役者として活躍した。

 1899年4月18日、三男・桐ケ谷権三郎が誕生。この子も歌舞伎役者となり、後に四代目中村鶴蔵を襲名。前進座の主砲として活躍した。

 権三郎が1歳になった矢先、急病に倒れ夭折。子供たちは妻のおとよと栄次郎が必死になって育て上げたという。

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